【創作】夏の土の中


"蝶以外の全ては蛾なんだよ"

そう教えてくれた父は土の中にいる。
今年の夏はセミとなって空を自由に飛ぶんだと思う。
そんな事を、オレンジジュースを口の中に含めながら思う自分の今は、観覧車よりも速く、ジェットコースターよりも遅く回っている。

坊主じゃないお坊さんの頭の上には、
1匹の蚊が飛んでいた。
アレは、お父さんなんだろうか。

お経を唱えている坊主じゃないお坊さんの頭上を、
クルクル回っている蚊。

その蚊は僕の手のひらの上に乗って来て、
ゆっくり、確実に血を吸っていた。
しばらくすると満足そうにその蚊は狭い網戸を通り抜けて、飛んで行った。

お坊さんが、
おつかれっしたァ!!
と部活動に励む中学生のような挨拶をして家を出た後、何故その蚊を殺さなかったのか会議が家族の中で行われた。

「しんちゃんは優しい子やもんねえ」
僕の事を良く思い過ぎてるひい婆ちゃんはそんな事を言う。
僕も、このシチュエーションじゃなければ、
とうの昔に蚊なんて潰していた。
その蚊が死んで、また蚊に転生して来て、
僕の血を吸いに来ても、瞬時に潰していたと思う。

婆ちゃんが死んで、お父さんが死んで、ひいばあちゃんが生きてる。そんな状況をあの坊主じゃないお坊さんは、どう思ってるんだろう。
イレギュラーとでも思ってるんだろうか。
父子家庭で育った僕は、母親の顔も知らない。
教えてもくれないし、別に知りたいとも思わない。
お前の顔が大好きだ。って、お父さんが言ってくれたから、なんか、まあ、いっかって。
ひいおばあちゃん1人
息子1人
従兄弟が12人いるこの環境を、
お坊さんはイレギュラーだと思っていたんだろうな。

まだ高校生なのに、お父さんがいないだなんてねえ
なんて今後言われるんだろうな。
面倒臭いな。いっぱい思い出あるもん。
悲しいなんて、決め付けないで。
寂しいけれど、後悔はないんだ。さっきの蚊は潰しといた方が良かったなとは思うんだけども。

「ひいばあちゃん、
こんな暑い日は冷房付けなきゃダメだよ」

「うん。
しんちゃんは、好きな女の子はいないのかい?」

付けてくれ。僕はピッとクーラーを付けた。
沢山のいとこは、1人ずつひいばあちゃんを抱擁してから帰って行ってた。見慣れた風景だ。

「いないよ。
僕の好きのいちばん上は、お父さんだ」

「それは、like的な意味で?」

凄い102歳だな。

同級生よりひいばあちゃんと話が合う僕は、
ヘンテコなんだろうな、きっと。

「好きって、海だからさ。」

「ばあちゃんの好きは、氷川きよしだね」

庭の木にミンミンゼミが停まってる
ミーンミンミンミン

「どんなとこが好きなの」

「顔」

歌であれよ

お父さん、僕はひいおばあちゃんと2人暮らしになるんですか。平均寿命が2200歳のこの日本ですが。

「ひいばあちゃんの、ばあちゃんは、元気?」

「鬱陶しいぐらい元気だよ」

「そっか。
氷川きよしの1000歳記念コンサート、
楽しみだね」

「人は、
1000歳あたりから深みが出てくるからねえ」

お父さん以外は、お父さんとは思えないけど、
僕は、僕の蝶々をこれから探そうと思う。
嫌になるほど長いであろう、この先の人生の中で。
土の中はふかふかそうだねお父さん
大好きだよ、蝶々より、ずっと。

勿論、like的な意味で。