【創作】暖炉

商店街の中には、沢山の春があった

奥さんがいるのに若い外国人のお姉さんの腰を持って出てきたお魚屋さんのおじさんとか、
中学受験に失敗した途端、ジャニーズ事務所に応募して、一躍スターになったお肉屋さんのカツジくんとか。

僕は、その人にとっての明るい事がやって来るというのが春だと思っていて、春は四季の内のひとつの季節なんだよと知る事になるのは、次の年の小学四年生になる頃だ。僕は、本を読み過ぎた。主に純文学を。

そんな尖った小学3年生の僕を、周りの大人達は扱いづらいと毛嫌いしていたけれど、そんな時、大都会東京から「こなつめちゃん」と言う女の子が引っ越して来た。

周りは、トウキョー!トウキョー!って言ってこなつめちゃんを囲んだけど、生まれる土地が自分で選べない事くらい僕は知っていたから、周りの騒がしさがひと段落したら「東京ばななは美味しいんですか」とだけ聞こうと思っていた

そこでこなつめちゃんは、驚く事に、
東京吉本と大阪吉本の違いを白熱して応えていた

多分、トウキョー!って、東京吉本の東京じゃないと思う。

皆の口はポカンと開いて、将来は芸人になるとキラキラした瞳で語っていた。誰も聞いていないのに、好きなネタはM-1グランプリで披露されたPOISON GIRL BANDさんの都道府県をサッカーするネタなんだ。貴方はどのM-1のネタが好き?と言った途端、周りから人はいなくなっていた

僕はその時、こなつめちゃんの席の隣に行った
「僕は、トータルテンボスの不動産屋さんのネタが好きだよ」って

そこから僕の世界の色は変わって、
こなつめちゃんと毎日手を繋いでドーナツ屋さんで夢を語り合う日々さ

学校へ行けば、こなつか、なつめか、名前どっちかにしろよ!っていじめもどきのいじりが入って、こなつめちゃんはそれを気にしてはいないよって言ってたけれど、僕は気になって、愛おしさとありがとうの意味を込めて「めちゃん」って言う愛称でたまに呼んだ
そしたらこなつめちゃんは、ポンデリングのポンの部分(ポンデリングの丸い所をひとつちぎった部分。そこを僕達はそう呼んでいた)を僕に可愛らしく微笑んで渡してくれて、たまには僕の口にポンを直接突っ込んだ。

僕達は、これは好き好き同士なんだろうなって思って、手を繋いで商店街のドーナツ屋さんから帰った
夕焼けがこんなにも綺麗に見えるのも、隣にこなつめちゃんがいるからだって、僕は沢山本を読んでいたから知っていたし、こなつめちゃんは面白いから、芸人になんて、なったもんなら人気者になって、僕の遠い所に行ってしまうって事も、楽しい時ほど小さな脳みその中に浮かんで来ては僕の事を苦しめた

そしたらこなつめちゃんは言うんだ
私の夢は2つあるんだよ。教えてあげる
ひとつは芸人だけど、もうひとつは君のお嫁さんになることだよって

その言葉を聞いた瞬間、
僕の頭の中では虹色のパレードが巻き起こった

かわいいかわいいこなつめちゃん
もう僕の傍から離れないで。
そんな事が君に言えるようになるのは、僕がいくつになる時なんだろうね

バイバイって言って、明日を待つ。
僕達は俗に言うお付き合いのタイミングとかそんなのは無くて、好き好き同士認定書と言う紙をお互いで作って、お互いで署名した。

好き好き認定書は毎年書いた
僕は次の年にはWordを覚えて、
鉛筆と色鉛筆で画用紙の上に書かれていた好き好き認定書は、来年には光沢紙の上で明朝体で書かれるようになった

僕達は誓った。
お互いの好きを否定しない事。
多分、残酷な話ではあるけれども中学生活でも、僕達はありのままで過ごすと今のように浮いてしまうから、頑張って取り繕うこと。
ただ、お互いの前では、ありのままで過ごす事。

僕達は、そのまま大人になった
取り繕い作戦のお陰で成人式では特に浮く事も無いまま過ごせたし、お互いにお互いがいるって事でとてつもない不安も安心感に変わっていた

好き好き認定書や、こなつめちゃんと重ねた想い出の日々は、誰がなんと言おうと僕の宝物だ

こなつめちゃんに出逢えたこと、そして、こなつめちゃんは可愛いこと。僕に無いものを沢山持ってる

こなつめちゃんは、僕の言葉が好きと何度も言ってくれた
文字書きになりたい僕にとって、その言葉が何よりもプレゼントだった

何十枚と重ねられた好き好き認定書は、
1枚の婚姻届となった

僕がこなつめちゃんと呼ぶと、
あの頃よりも歳をとってシワが増えたこなつめちゃんが、暖炉にあたり、椅子に座って膝に保護猫を乗せながら、僕の知らない若手芸人のネタの凄さを、100点満点の笑顔で僕に語って来る

次の賞レースの審査員、頑張ってね