【戯曲】シーソー

阪急駅近くの夕暮れ時刻の耳鼻科の下にあるパン屋
お客はいない
レジに店長の40代男性齋藤匠と、バイトの田中太郎が並ぶ

齋藤「田中、幸せ?」
田中「え。どうしたんすか急に」
齋藤「俺、幸せなんだよ」
田中「まあ、そうでしょうね」
齋藤「自由にやりたいこともできてるし」
田中「パン屋の店長なのにロン毛ですもんね」
齋藤「それは関係ないだろ」

お店の前でベビーカーを連れた女性のお客さんが、ドアの前で入ろうか悩んでいる
思わず2人は無言になる
結局、そのお客さんは中に入らなかった

田中「…バザーってあるじゃないですか」
齋藤「ああ、バザール?」
田中「あんまその言い方する人いないんすよ」
田中「あれと一緒ですよね、今の」
齋藤「え、どういうこと?」
田中「バザーとかって、安くで自分に合ういい物が手に入る時もあるし、見たことも無い使い方も分からない海外製のおもちゃとか。色んなものが並んでるから、観たいは観たいんスよ」
齋藤「まあ、そうね」
田中「でも、売ってる人が目の前にいるんすよ」
齋藤「まあバザーはそうだろうな」
田中「あれ萎えるんすよ」
齋藤「そうか?」
田中「あの人の日々に馴染んでたものがこうやってさよならの場所としてバザーを選ばれて」
齋藤「考えすぎなんじゃない?」
田中「とにかく、その人のものが目の前のその人によって売られてる場面って言うのがどうも合わなくて」
齋藤「ああ」
田中「はい」
齋藤「…それがパンも一緒ってことか?」
田中「…」
齋藤「お前、失礼だぞ」
田中「幸せなら、許してくださいよ
可愛い奥さんもいるでしょ。もうすぐお子さんも産まれるじゃないですか」
齋藤「まあな」
田中「そんな、まあな、今の俺には縁もないです」
齋藤「職業病だと思うんだけどさ」
田中「はい」
齋藤「元々俺の奥さん、お腹が膨らみやすいタイプみたいで」
田中「ああそうなんすね」
齋藤「どんどん、日に日にお腹が膨らんでいってるんだよ」
田中「いいっすね」
齋藤「パンみたいだなって」
田中「あなた最低だな」
齋藤「いや、」
田中「生命の輝きっすよ」
齋藤「ちょうど肌色だからさ」
田中「色味とかの問題じゃないでしょ」
齋藤「俺が、難しい方の齋藤だっていう不幸に免じて、許してくれよ」
田中「田中太郎の前では何も勝てないすよ」


齋藤「夕焼け、好きか?」
田中「急に話そらさないで大丈夫です」
齋藤「…」

田中「でも、俺、夕焼けのこと好きです
彼女に振られた高校の帰り道も、教授に怒られた大学の最近の帰り道も、ほら、今も。嫌がらせかってくらい夕焼けが綺麗で、携帯で写真なんか撮っちゃったりして
そしたら悲しい出来事が雲の上に溶けていくみたいで」
齋藤「おまえその感じで感性凄いよな」
田中「本読んでるんで」
齋藤「流石国立大学」

齋藤「決めた」
田中「…何がすか?」
齋藤「子供の名前」
田中「え?今?」
齋藤「夕やけが美しいと書いて、
名前、夕美にする」
田中「いやいやいや俺のこんな話で」
齋藤「今もこんなに綺麗な夕焼けだ」
田中「てか、女の子なんすか」
齋藤「うん」
田中「先に言っといてくださいよ
俺と店長の仲でしょ」
齋藤「それか、雲が溶けると書いて
雲溶(うんよう)にする」
田中「あなたいじってるでしょ」

店長の妻が大きなお腹でお店に入ってくる

侑子「匠、決めた!
子供の名前、パン子にする!
パンのパン粉と、かかってるんだよ!」

大きな声でパン屋に響き渡る侑子の声

田中「…店長、いま幸せっすか」
齋藤「ああ、
幸と不幸はシーソーみたいだから
ちょうど面白いんだよ」








私が大学1回の時に、課題で書いた戯曲です。