【創作】ほっぺた

私が3年前に書いていた創作小説です。

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苦しかった
みんながいいと思うものをいいと思えなくて。


僕は、顔がいい
親戚の中でもそう言われ、モデルになるのか?はたまたハリウッドスター?などと期待の声を寄せられたのが3歳の時の、それが1番初めの記憶だった。まつ毛はお人形さんのように長く色白で外人のように鼻筋の通った小鼻の小さい薄い唇

おまけに純日本人なのに目はミルキーピンクときたから、母は浮気を疑われたものの、その時の表情は凄く嬉しそうなものだった。3歳の時の僕の瞳にも、そう写った

時は流れて大学生になった
重い足取りをなんとか動かして駅へと向かう
勉強ができなかったので、受かったのはこの農業について学ぶ短期大学だけ
僕は服がだいすきだから服飾の専門学校に進みたかったのだけど、老婆のように生まれ変わった母親からはなんの役にたつんだと殴られた
横には目がミルキーピンク色のホストクラブの男に
哺乳びんで焼酎をあげていた。その情景を思い出し、駅のホームからダッシュでトイレへと向かう。悪の具現化されたものを吐き出し、心身共にほんの少しだけ軽くなって大学へと向かう電車に乗った。

クスクスと聞こえる笑い声
もう、それには慣れている
僕の好きは、みんなの好きとは違うのだ。

からし色の包帯を素肌に巻いて、
ドット柄のスカートを履く、おかっぱの男

それが 僕だ
こんなやつが牛について学べるものか
学ばれる牛の方も可哀想だとも思い、
僕は周りの笑い声をかき消すようにTwitterへと呟く
「今日の空はキレイだな」と。

けど、みんなが好きだというバンドも、服も
靴すらも見るだけで不快感という感情が出てきてしまい、イオンモールのトイレで第3金曜日の朝4時から
開催される、努力次第という名前の秘密のバザーに
出逢うまでは、本当に地獄だった。
努力次第には最高の仲間たちが集まる
歯を黄緑色に染めて妻に別れを告げられた齋藤さんとか、鼻の中央に眼球という刺青をいれたミカさんとか、毎秒単位でおくすりのめたねをそのまま飲んでいる店長さんとか。

短期大学に着くと誰とも喋らず、
(というか、口にガムテープを巻き付けられているため喋ること自体が無理ゲーだ)
ただただ牛のオスメスを判断するという授業を受ける。これは、一体なんの役に経つんだろう
真夏の空に焼き付けられて口についているガムテープで水も飲めない僕は、ちょうど2時間半でぶっ倒れ、
先生に投げ飛ばされてカラカラと荷物運びのカートで駅までスーっとカラカラと運ばれていった
出荷だと笑われて写真を撮られる。
自由って、なんなんだろう

涙にも申し訳なるくらい涙が溢れだしてきて、
僕はその涙で喉を潤した。

皆が口にする
二重の蛍原というあだ名
安直にそのままのことを言っているだけのネーミングセンスを、殺したい
僕の中で溢れだしてくる反省と死にたいという気持ちを、自動販売機で買ったコーラで必死に抑える。
けど、コーラのガードでは足りないくらいに僕の悲しさは滝のように心という洞窟から溢れ出していて、
例えば、そうだな
来世はかわいいトイプードルに生まれ変わらせてくれ。そしたら、僕はいま死んでも、
むしろ本望だ

僕は、高校生になると
無理をしても ズボンが履けなくなって、
それ以来はスカートを履いて生活している
ドット柄のスカートしかかわいいと思えなくて、
僕の衣装部屋には努力次第で手に入れた
色とりどりのドット柄のスカートが陳列している。
母親の吐き出したチューインガムもいっしょに

意識とか自己肯定感とかが朦朧としてきて、
変に1度も降りたことの無い駅に降りてしまい、
フラフラと商店街を歩く

ひとつもお店は空いてなくて、
裸足の足裏にはガラスが刺さって、
平日ともいえどお昼なのに1人も人がいない。
ここは、本当に日本か?
もしかしたら死んで、ここが天国なんじゃないか?
閉められたシャッターまみれであたりは薄暗く灰色。
どうせ天国なら、僕がいちばん好きな
赤色のドットに囲まれた空間であって欲しかった

そう思うと、
声が聴こえてきた
声というか、旋律だ。メロディーだ

本当に小さく遠くの方に見えるギターを持った人間
僕以外にも、このアハズレみたいな空間に
人がいる。
それだけでうれしくてなにか目頭の隙間から
希望という名の空気が吹き出し
僕はスマートフォンの上に、
スケボーみたいに乗って彼のいる方へ向かった。

いっぱいのギザギザの線が
グシャグシャに混ざりあっているような彼の歌声
青と赤の針金
僕は、自然と投げ銭をした。
自然な投げ銭ナチュラルな投げ銭

マイクに向かって必死に歌う坊主頭の彼は、
僕にやさしく、ウインクをかまして、
またギターへと手をやった

外も中身も灰色だった空間や自分が、
その音がある時だけは自分でその空間の中で生きていたいと思え、
今度は嬉しくて涙が止まらなかった

人がどう思うんだろうとか、
僕は普通じゃないとか、そんなのは今だけは忘れて、彼のギザギザで攻撃的なお経みたいな、
けれどもポップでやさしい聖母みたいな音の狭間で
酔っていたかった。この世界で1番ステキなこの空間に。

換算すると30分だろうが、
僕は本当に30秒くらいの感覚に思えた
初めて、音楽というものを聴いた。
音楽の教科書で読んだメロディーという単語が
いま初めてそれを聴いたのにスっと出てきたことに僕も人間で、脳がついているんだということを確認できた。幼稚園の時の音楽の授業中、僕の鼓膜に女の子からラブレターを突っ込まれた時から、音楽が聞けない耳になってしまったから。

初めての音は、僕の人生になった
その音が、僕よりも本当に素晴らしくて、
僕の代わりにその音に僕の人生を歩んでいって欲しいと思うくらいに。

そして彼は、僕がナチュラルに投げた投げ銭を口の中に入れて、ごくりと飲み込み、
「まらあやまさたわめはまんるな〜らは」
と言った。

あとで聞いたら、これは
ベルサイユガルデーソラソレトイウ王国で言う
ありがとうという意味らしい
最近は牛のことにしか学んでいない僕が
分かるはずもなかった

その後、僕は彼の顔が 坊主頭が
脳裏から焼き付いて離れなくなり、
ご飯を食べているときも、
三時のおやつを食べているときも、
もしかしてこれは彼を食べているんじゃないか…?
という気持ちになり、自分の中にあるこの感情が、
なんなのかも分からなくなった。

湯舟に浸かりながら、
胸や腹で煮えたぎる赤色のスライムのような感情に
相談する相手もいないし、ただただその赤色のスライムが溶ける時を汗をダラダラと流しながら待って。
どうしようもなくなって、
風呂上がりに母とアイツが秘密で飲んでいる薬を吸ったら、不思議と気分が落ち着いた。
これは、俗に言う安定剤というやつらしい
安定剤という砂を、安定剤というスコップで積んだこの粉が、安定剤という巨人の目薬になるんだとアイツが言っていたのを思い出した。

翌日、電車に彼が乗っていた
ふと目が合うとウインクされ、
僕は鼻血を出して椅子を汚してしまった。
駅員に足で蹴られて電車内から追い出され、
彼の坊主頭を目の裏に浮かべながら
後どれぐらい絶食しようかと考えたりした。

そう、死にたかったんだ。


鼻の辺りになにかが当たった
彼が、自身の坊主頭で僕の鼻血を拭いていた
余計に鼻の下も擦れて血が出て痛かったけど、
その感触は初めてで、目の前に僕の目の色と同じ
ミルキーピンク色のわたあめが、パッと目の前に嬉しそうにきらびやかに散った。
それは、歓喜という名の心のヒレステーキで、
僕は初めての感情に嗚咽してむせ返って、
でも、努力次第の皆のことも何故か同時に思い出して、またうれしくて、涙が溢れた。

ありがとうという感謝の気持ちと

後に彼と僕は 綺麗なガラスやかわいい小さな白い花に囲まれた部屋でルームシェアすることになるんだけど、
これが恋という感情なのかもまだ分からないし、
彼は、まだ日本語でありがとうとすらも言えない。

ただ、朝のヨーグルトを誰が買い出すか喧嘩になったときに、

「ミンナ、ツラい、ミンナも、ツラい
だから、ミンナとオナジデ シアワセをメザセコノヤロウ」

とびっくりするぐらいのカタコトなヨーグルトととはたぶん関係ない心に響く日本語を放ち、
彼は僕を思いっきり抱きしめて、放心状態となった僕はそのまま初めて大学の授業をサボった。

そして 晴れているのに何故か2人で一緒にてるてる坊主を作った。周りを見渡すと隣にはティッシュを必死に紡ぐ彼の黒い手と、皆と変わらない空と白い花が社交ダンスを踊ってて、幸せを噛み締めて僕の頬には一筋の涙が流れる。
なにが面白いのかは分からないけど、
それを見た彼はニコリと笑って、
僕の作ったてるてる坊主に
オレンジ色のマーカーでほっぺたをつけた